2005.07.04

◆Peace JAM 2005 in NIIGATA 新聞に

昨日紹介した、新潟市での若者たちによる平和の企画(=Peace JAM 2005 in NIIGATA)の内容が、今朝の新潟日報で報道されていました。記事は地域面でしたが比較的大きく目立つ形で、そして内容も丁寧に報道されていました。

私が昨日書いたものより詳しくわかりやすく伝えていましたので紹介します。
さすがプロ ^^;
(↓クリックすると拡大します)
PJ2005niigatanippo2005
余談ですが、記事を見てびっくり~ (@_@)

げー 写ってる !  いつの間に新潟日報、写真を撮影したんだ~
右上にいるテレビカメラ(NST・・・結局ボツだったみたいですが)に気を取られ(写りたくなかったもので・・・)、新聞記者とカメラマンには気づきませんでした (゚-゚)

ちなみに、一番手前の大きな頭が私です ^^;
え? 写ったうちにはいらないって? 
確かに(笑)

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2005.07.03

◆二度と戦争を被爆を起こしてはいけない

「戦後60年」 ~今語りついでいこう戦争の記憶~
をメインテーマに、7月3日、若者たちによる平和の企画が新潟市で行われました。
Peace JAM 2005 in NIIGATA といいます。 

この若者たちのとりくみを見るため、ORUTOも出かけてきました(青年ではないのですが^_^;)。
参加者は、50人ちょっとでしたが、全体的に手作りの企画という感じで、好感が持てました。
新潟の若者もすてたもんじゃないな~!!

内容は、まず、原爆詩の朗読によるオープニング、実行委員長による開会挨拶の後、新潟県被爆者の会前会長の遠藤健一さんによる講演、グループに分かれてのクイズと討論。 休憩の後、ピースコンサート、みんなで手話合唱でフィナーレと、盛りだくさんの内容でした。

様子は、写真も載せていますので、こちらのページを覗いて見てください。
また、別の機会にさらに様子を紹介したいと思います。


会場には、なんと民放テレビ局が2社取材に来ていました。新潟日報など新聞も来ていたようです。NT21(テレビ朝日系)の夕方のニュースでは取り上げられていました。しかし、もう一社のNST(フジ系)の方は、ニュースに出なかったようでした。ボツになったんでしょうか~???

会場で何と、NSTから講演の「感想は?」と、インタビューを受けてしまったので(なんでORUTOにするの? もっと若い人にせーい、と思いましたが・・・)、どうなる事かと思っていましたが、幸か不幸かテレビに変な顔をさらさずにすんだようです(やれやれ)。フジ系ですし、取材から帰ったスタッフは上層部に「何でそんなのところに取材に行ったんだ!」とかと、大目玉でも食らっていなければいいがなぁ~と、勝手な心配をしています。取材に来たスタッフは(若い人たちでしたが)、純粋な気持ちで、「いい集まりがあるな」との思いで来てくれたんだと思いますが・・・

この企画Peace JAM in NIIGATA、今から10年前の1995年 (この年は被爆・戦後50年だったわけですが) に初めて行いました。そして、その後、ずーっと続いてきているものです。

私は実は最初の時に、企画した一員でした。その企画が、その後も、担い手は変わっても、気持ちは変わらず、ずーっと継続している事に嬉しさとともに、平和を願う若者たちのエネルギーと健全さを感じています。


※ちなみに、NSTのインタビューに私が答えた内容は、おおよそ次の通りです。

問いは「遠藤さんのお話を聞いての感想は?」というものでした。

「遠藤さんも話したくないであろう辛い体験を、戦争を知らない若者のために、85才という高齢をおして、こういった場に出てきてくれ、話をしてくださった。この事にまず感動するとともに、お話を聞いて、二度と戦争を、そして被爆を起こしてはならないのだという思いを、改めて強く持ちました。」 まあ、急にカメラとマイクを向けられたので、ここまで正確にしゃべれませんでしたが・・・^_^;  
 

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2005.06.28

◆サイパン慰霊の旅

今朝の新聞に目をやると次のような見出しが目に入った。
「両陛下サイパン訪問 初の海外慰霊 遺族らと面会」

記事に目をやると冒頭
「天皇、皇后両陛下は27日午後、太平洋戦争の激戦地となった米自治領サイパンを訪問された。戦後60年の節目に実現した初の海外慰霊の旅。1泊2日の日程で、28日に島内の慰霊碑や戦跡を訪れ戦争の犠牲となった人々を国籍を問わず追悼する。」(新潟日報2005.6.28) とあった。
出勤前の忙しさに紛れ、その時は特に何も考えることはなかった。

夕方、帰宅途中、車の中でテレビの音を聞いていると、ニュースのその後が耳に入った。
その中で、日本、米国、北マリアナ自治政府の慰霊碑や「バンザイクリフ」などを訪れた他、事前の予定では公表されていなかった、沖縄出身者の慰霊碑「おきなわの塔」と、韓国人犠牲者の慰霊碑「太平洋韓国人追念平和塔」に、特に希望されて立ち寄り、拝礼したとのこと。戦火に倒れた全ての人を慰霊したいとの強い希望で行われたと聞いた。

出発に先立ち、小泉首相らの前で、「海外の地において、改めて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」と述べたとのことだ。この思いを現実のものとしたのが今日の一連の慰霊だったのではないだろうか。言葉と行動が一致していると感じた。

首相である小泉純一郎氏は、今日のニュースをどのように聞き、感じているのだろうか?
私は、小泉氏の一連の言行より遥かに健全であると感ずる。

話の内容は違うが、「日の丸・君が代」に関連して、昨年10月の米長邦雄氏への「強制でないことが望ましい」との発言も改めて思い出した。

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2005.01.19

◆土星の月、タイタンに思う

もしこれが海岸線で、暗い部分が液体メタンの海であったなら…
何ということだろうか!
はじめて見る土星の衛星タイタンの姿に、アポロの月着陸やバイキングの火星着陸。そしてその際の月面の映像や火星表面の写真、それぞれのデータ、探査結果に胸を踊らせ、ワクワク((o(^-^)o))した子供時代を思い出しました。

taitan

欧州宇宙機関(ESA)と米航空宇宙局(NASA)の共同プロジェクトによる土星探査機カッシーニ(1997年打ち上げ)からから切り離され、土星の衛星タイタン着陸に成功した小型探査機ホイヘンスから送られて来た写真は、驚きとともに、さらなる夢を抱かせるものでした。

零下180゜C前後というの極寒の星タイタンに、もし液体メタンやエタンの海があり、地球に生きる私たち【水+炭素】型ではない、私たちの想像を超えた、【メタン+?】型の未知の生命体が存在していたら~
想像はさらに膨らみます。今後の探査・解析結果が待たれます。

視点を変えると、地球はそんな宇宙の中の、一つの星に過ぎない。宇宙から見ればちっぽけな存在にすぎません。そんな小さなコップの中で、同じ生命種である人間どうし、いがみ合い、殺しあうのはもうやめにして、平和的に共存し、発展しあえるような世界に、地球にしたいもだと改めて思いました…。。
地球温暖化を始め、「宇宙船地球号」は危機にひんしています。人間の目先の利益を優先する経済活動に起因する地球温暖化の促進は、海底のメタンハイドレードを溶かし、いっそう悲劇的かつ爆発的な温暖化をもたらしかねません。タイタンと同じメタンがキーワードとなることは皮肉にも思えます。
今さえ儲かればいい、「我が亡き後に洪水はきたれ」「後はのとなれ山となれ」といった原理に支配される経済の仕組み根本的に転換するべきです。
そして、それこそが、真の「真の改革」であり、決して郵政民営化などではないのは明らかではないでしょうか? 京都議定書に背を向けるブッシュにひたすらシッポを振っているのは破局への道と考えます。

タイタン着陸で夢心地だったのが、結局、現実に返ってしまいました~

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2004.05.03

◆とりあえず、ウェブログデビュー

どんなものかよくわからないのですが、とりあえずはじめてみました。

ODNのページがそろそろいっぱいになってきたので、ORUTOの一言・主張の全文をこちらを中心に掲載していきます。
メインHPへはリンクからおこしください。


山桜、満開のようすです。
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