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2005.10.02

小泉首相の靖国参拝に対する違憲判決について(その2)

大阪高裁の違憲判決について、昨日、画期的なこと、法律家の心意気を久しぶりに見た思いと書きました。この判決は何か偏った考え方といったものではなく、純粋に法律判断の立場から見ればきわめて当然かつ当たり前の判断であり、昨日の「朝まで生テレビ」で、小林節慶大教授が述べていた通り「今の憲法学の標準的な判断」であると思います。

私は、日本の司法は、こうした法律の立場から純粋に判断すれば“あたりまえ”のことを、なかなか言えない、言わないと考えていたので画期的と思った次第です。

今回の違憲判決の中でのポイントは、公用車の使用や神社HPアクセス増加という問題もありますが、小泉首相による靖国参拝が、私的なものとは言えない点、すなわち、参拝が彼の政治的公約(自民党総裁選挙=首相になったらの公約)であり、それを首相就任後実行したという点を明快に指摘していることではないかと思いました。
「オペラの鑑賞はどうなるのだ」とか「ハイヤーで行けばいい」などといった議論があるようですが、そうした議論の入る余地の無い明快さだと考えます。
法的にはきわめて明快です。


さて一方、政治的・社会的には、靖国神社に対して、様々な見解を持っている方がいると思います。しかし同神社が、小泉首相の言うように「戦没者に対する哀悼の誠を捧げること、二度とあのような戦争を起こしてはならないという気持ちで参拝している」という場として相応しい場所なのか? 
この点を考える上では、靖国神社が、戦没者の「追悼」施設ではなくて、「英霊」として武勲をほめたたえる(=顕彰)することを目的とする神社であるということが重要な点かなと思います。神社内の遊就館の展示では、第二次大戦における日本の戦争を「自存自衛のやむを得ない戦い」「アジア解放の戦争」という趣旨で行っていると聞きます。これが宗教法人靖国神社の見解、戦争観、歴史観なのでしょう。
わたしはこうした見解には賛成できません。
ですから、“不戦の誓い”をするにはふさわしくないと考えている次第です。

靖国の歴史観と、一般の参拝者の歴史観って必ずしもイコールではないのではないか?
私もそうだろうと思います。(もちろん、靖国神社の戦争観・歴史観と同じ立場から、参拝する方もいらっしゃるでしょうが・・・)
参拝する人のほとんどは、純粋に哀悼のためであったり、身内の人が戦死していて神社に祭られているから参拝しているのではないかと思います。

私の伯母(故人)も、満蒙開拓のうたい文句で旧満州(中国東北部)に渡り、そこで夫と幼い娘を亡くしましたが、戦後よく靖国に参拝していました。
しかし、そこに戦争賛美の気持ちなど微塵も無かったと思います。
私がまだ幼い頃、祖母や伯母は「戦争ではひどい目にあった」「戦争だけはもう絶対にしてはいけない」と、茶飲み話でいつも話していたことを思い出します。

そうした、戦争の被害者ともいうべき一般の人の参拝と、国家の最高権力者があえて参拝するということの持つ意味の違いという事でしょうか・・・
確かに、遺族の中に、総理に参拝してほしいと思う(自然な)気持ちもありえると思います。でも、それが持つ意味の本質を別の観点から考えて、総理参拝に反対している遺族もいます。

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コメント

 記事を読ませていただいて、共感する部分が多くありました。私も今回の高裁判決は妥当であったと思います。

 一国の宰相が靖国に行くということに何かしらの違和感があっただけに、記事を読ませていただいて、それらが一気に消え去ったような爽快感を感じました。

投稿: まっすー | 2005.10.02 23:23

これは国内外の似非市民団体が、「下手な鉄砲数撃ちゃあたる」方式で全国で起こした靖国関連訴訟の中で出された判断である。彼らは数多く訴訟を起こせば、中には自分たちの都合の良い解釈をしてくれる裁判官がいるだろうとの思惑でやったのだろう。そこでひとつでも自分たちに都合のいい言質が取れれば、裁判の判決など関係ないのだ。そして、鬼の首を取ったように騒ぐ。中韓などまさにその通りの反応をしてくれた。だが、この判断には実質的な拘束力のないこと、そして、その前の東京高裁では大阪高裁と対照的な判断がなされている事を忘れてはならない。

投稿: x | 2005.10.02 23:46

靖国神社には戊辰戦争での幕府側,東軍などまつられていないのです。また近衛兵の反乱である竹橋事件の被告達も同様。西南戦争の薩摩軍もそうです
 奥羽越列藩同盟の会津,桑名,仙台,長岡,庄内,南部藩などの戊辰戦争の死者は,戦場に放置されるのみ。埋葬さえ薩長専制政府は処分対象にしたのです。
 明治10年前後の布告まで,抵抗側の埋葬・法事などは表だってできるものではなかつたのです。
 東北・北海道に不幸をもたらしたもののみ祭られ,心ならずも抵抗したものへの非人間的扱い・・これが靖国の始まりです。
 
 まっすーさんはそういう歴史を知っているのでしょうかね。私は東北にいるものとして,この歴史的事実から靖国そのものを否定したいですね。
 神社となっていますが,自分たちに忠実に従った者,勝者のみまつるというのは,伝統的な神道のあり方からも逸脱しています。
 
 さらに,現在の靖国神社は第二次世界大戦でのアメリカなども含め,連合国側のやったことはまちがいで,日本のしたことはやむをえないことなんだと・・まあネオナチと同じ考えを露骨に宣伝している施設です。アジアだけでなく,アメリカやイギリスやフランス,オーストラリア・・の戦後政治体制も否定するような主張でもあることもお忘れなく。
 同じ主張を是非,ロンドンやパリ,ニューヨーク,EUの本部でしてみてください。真実は何か身をもって知るでしょう。

投稿: ゆもえもん | 2005.10.03 22:56

失礼,まっすーさんでなく,書き込みだけで名前さえ書き込まない小心者のことでした。失礼しました。訂正致します。

投稿: ゆもえもん | 2005.10.03 22:59

まっすうさん、
コメントありがとうございました。
マスコミは、従来から外圧の側面を中心にクローズアップして、我が国対中国または韓国という図式で捉えるように誘導しているような気がして、私自身、そうした図式に非常に違和感がありました。
そうした中、今回の判決は、我が国の最高法規である憲法の規定(政教分離)に違反するという、私の印象としては本質を突いたものでした。
その点、私もスッキリした感じです。
歴史観・戦争観や政治的思惑は、それとは次元の違う問題ですよね。

また、まっすーさんがブログで書いていた「改憲で揺れる現「日本国憲法」は改憲されるまではこれがスタンダードなのだから、尊重されなければならないのだ」
まさにその通りだと思います。
「こんな憲法だから変えなくてはいけない」と言い出している人もいるらしいですが・・・(-_-;)


×さん、
ちょっと私とは見解が異なるようです。
「下手な鉄砲数撃ちゃあたる」方式、かどうかはよくわかりませんが、少なくとも数多い小泉首相の靖国関係の訴訟で、前日の東京高裁判決を含めて“合憲判決”は無いのではないかと思います。違憲判決も2回目ですが。
多くは、憲法判断を、私から言わせればあえて回避しているように思えます。
裁判官も法律の専門家ですから、普通に考えれば「違憲」と言わざるを得ないのだけれど、あえて言わない、言えないというのが実態なのでは?

ゆもえもんさん、
歴史的な視点からの見解、確か別の記事の時もいただきましたが、ありがとうございました。参考になります。

PS.
ゆもえもんさんは見間違えたようですが、たしかに、記事と名前が見にくいですよね。
これは、ニフティに限らず、他社のブログも同じようですね。
私も注意したいと思います。

投稿: ORUTO | 2005.10.03 23:32

確かにちょっと間違われやすいかもしれませんね。色合いは私好きですよ。

投稿: まっすー | 2005.10.04 20:30

TBありがとうございます。

「裁判所の尊重」は法の支配を構成する重要な要素なので、裁判所の判断を無視して、総理大臣が宗教的権威を政治に利用するようになれば、日本は中国や北朝鮮と選ぶところのない人治国家に堕してしまうでしょう。というのも、一国の首相が法の支配に服さなければ、国家の根幹が変質し、日本が法ではなく、宗教/イデオロギーと物理的実力によって支配される国になっていくからです。

裁判所の尊重は法の支配を守るうえで不可欠ですが、宗教的権威を利用して特定の歴史観を“正しい”歴史観として確立しようとする政治家が国民から少なからず支持される背景には自尊感情の低下という根深い問題があります。

投稿: びんごばんご | 2005.10.04 23:10

TBありがとうございます。
「靖国」について、冷静に述べられているのは頭が下がります。

現在の司法と行政の関係からすると、いかに「憲法学的には標準的」な判断でさえ、ひとりの公務員としての裁判官にとってみればかなりのリスクなんでしょうね。
実際、それでとばされてしまう判事もいるとかいないとか。

法律家が法律家として、みずからの良心にもとづいて、適切な判断をくだせるようになるには、いまのような「司法が行政に従属している」仕組みをなんとかしなければ、と思います。


投稿: 風太郎 | 2005.10.05 00:50

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