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2004.09.08

◆北オセチアでの事件

ゆもえもんくんからBBSで、一言書けと言われましたが、あまり書く気がおきないね・・・・・(-_-;)

しかし、少なくともまず言わなくてはならない事は、小さな子供たちを含む一般市民を人質にとった今回の学校占拠事件は、犯人側の主観的意図(どういう思いだったか)にかかわらず許されない犯罪です。
犯人が本当にチェチェン共和国の独立派武装勢力だったのかも含めてまだ解明されていないという面もあります。生き残った犯人とされる人物は、「マスハドフ元チェチェン大統領の指示と聞いた」と証言したみたいですが、惨劇の前の時点でマスハドフ氏は「自分たちの仕業ではない」、「解決に向けて仲介したい」といった申し出をしていたとの報道もありました。
また、犯人とされる人物は、目的について、「北カフカス全域を戦争状態にする事があった」との証言もしていたようです。
昔、ゲバ学生が「解放のために内乱だ」とか「世界革命のために世界戦争」というようなことを言いつつ暴れていたことを思い出しました。
仮に今回の犯人が、本当にチェチェン関係だとしたら、“チャチェンの民族自決権”“チェチェン独立の大義”といった事に深刻な泥を塗るものであると思います。
一方、ロシアのチェチェンに対する抑圧・弾圧が正当化されるわけではありません。
ロシアによるチェチェン支配は、帝政ロシア時代に始まり、スターリンによる民族全体の中央アジアへの追放、そして、現在のプーチン政権によるチェチェン独立要求に対する武力制圧とその後の徹底した弾圧・・・ 恨みが恨みを呼び、増幅している状況のようです。
出口が見えませんね。

昔、ベトナムはアメリカの侵略を受け、多くの犠牲が出ました。米軍による虐殺事件や、枯葉剤散布などということまでやられました。しかし、当時のベトナムは、「アメリカ政府とアメリカ帝国主義は敵だが、アメリカ人民は友人である」との立場を取っていました。ベトナム側がアメリカへの報復として、国際法違反の残虐行為を捕虜となった米軍兵士に行ったといった記憶はありません。当然、アメリカの一般市民に対するテロなどもありませんでした。北爆下のハノイに、ジェーン・フォンダが激励に行ったりしてました。
こうしたベトナム人民の戦い方、抵抗が、次第に国際世論を味方につけ、圧倒的な物量を誇るアメリカを追い詰め、最後に勝利したと私は思います。

パレスチナについても、イスラエル市民への無差別テロは国際世論の支持を得ていませんが、かつてのインティファダと呼ばれる抵抗運動が広く支持され、パレスチナ自治を実現する背景となった事も重要な教訓だと思います。

ロシアや旧ソ連での各民族紛争にこうした話をするのは、無理なのでしょうか・・・・・・
グルジァ共和国内での民族紛争(対南オセチア、対アブハジア)や、あまり最近聞きませんがナゴルノカラバフ自治州を巡るアルメニア共和国とアゼルバイジャン共和国の紛争なども同じような状況なのかもしれませんね。

最後に、今回の事件で犠牲になった500人を越えるかとも言われる方々のご冥福を祈りたいと思います。特に、小さい子供を二人持つ親の立場として、未来あるはずだった人生にピリオドを打たされた子供たちのことを思うと胸が痛みます。
地域全体で祝うハレの入学式だったとの事です。子供たちは町の宝だということで大事にする土地柄だったとの事です。
強い怒りを覚えます。

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